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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)1039号 判決 1973年11月29日

控訴人 吉野ユリ子 外一名

被控訴人 和泉産業株式会社 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人らは、「原判決を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は、次につけ加えるほか、原判決事実摘示(ただし、原判決書五枚目裏九行目中「末日」の次に「まで」を、同行中「依頼し、」の次に「同日現在すでに登記可能な状態にあつたものであり、」を加え、同六枚目表一〇行目から末行にかけて「の成立は否認するが」を「ならびに欄外の註及び加入部分の成立は会社作成名義なら否認するが樋口作成名義ならばこれを認め」に改める。)のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(事実上の陳述)

一、被控訴人ら

後記控訴人らの主張のうち

(1)  について 追認の事実は否認する。

(2)  について 争う。

(3)  について 本件売買の目的たる各土地につき控訴人ら主張のような隠れた瑕疵のある事実を否認する。

本件各土地については、大谷石で基礎を含め二段積みの工事を施こし、グランドレベルにつき控訴人大室の買受土地の隣地から控訴人吉野の買受土地の隣地まで水平にして土盛りを施こしたものであつて控訴人ら主張のような瑕疵はない。控訴人らは建築基準法一九条に適合しない土地であるというが、被控訴会社が本件各土地と同時に売り出した土地を購入し建物を建築した者らから被控訴会社の宅地造成に関し何らの苦情もなく、本件各土地の売買代金からみても控訴人らの主張するような宅地造成を行なうことはむしろ本件各土地に有益費を支出する結果となるもので、そのような宅地造成をしなかつたといつて、これが費用を瑕疵担保責任に基づく損害賠償の算出根拠とすることはできない。

仮りに、被控訴会社が控訴人らに売り渡した本件各土地につき何らかの瑕疵があつたとしても、控訴人らにおいてこれが瑕疵を主張することは権利の濫用として許されない。控訴人らにおいて被控訴会社がなした本件各土地の宅地造成に関し債務不履行ないしは瑕疵があるならば、被控訴会社に対し、完全な履行ないし瑕疵修補の申入れをなすべきであるにもかかわらず、本訴の第二審にいたり突如これに基づく損害賠償請求権を取得したことを主張するにいたつたもので、その主張のような工事を施こすことは、本件各土地を含む被控訴会社の開発した造成地一帯が北向きの傾斜地であるため、いわゆる雛段式の造成工事を行なう結果となり、これを避けるため、他方、自動車の出入りの関係もあつて、本件のような造成を行なつたもので、これを控訴人らの主張のような工事をすれば、控訴人らの買い受けた土地が高くなり、本件各土地の北側を買い受けた者の土地はほとんど日照時間がなくなる結果となり、一団として売り出された宅地につき控訴人らのための利益で、他の分譲地を購入した者の利益を害することとなり、他方、被控訴会社においては本件土地造成に不満があれば、いつでもこれを買い戻す旨申し入れているにもかかわらず、控訴人らはこれを拒否して損害賠償を求めるもので、本件土地の価格が売買契約時から倍額以上に値上りしている現在控訴人らが瑕疵修補費用を負担しても何らの実損は生じないから、その主張のような瑕疵を主張し修補工事ないしは損害賠償を求めることは権利の濫用として許されない。

(4)  について 被控訴会社には前記のように控訴人ら主張の瑕疵修補義務がないから、控訴人らの同時履行の抗弁権は理由がない。

二、控訴人ら

(1)  仮りに、樋口五男において、昭和四四年六月一九日控訴人らとの間に締結した本件売買契約に関する売渡土地の登記の完了期限の変更及び右期限までに登記を完了しない場合における残代金放棄の特約につき被控訴会社を代理する権限がなかつたとしても、被控訴会社はその後右の変更及び特約を追認したから、これが変更及び特約の締結は被控訴会社のために効力を生じた。

(2)  仮りに右追認の事実が認められないとしても、前記樋口五男の契約内容の変更及び特約の締結につき表見代理が成立すべきことはさきに控訴人らの主張するところであるが、さらに、右樋口五男は、当時被控訴会社の営業部長であり、右の特約等の締結にあたり被控訴会社を代表してこれを行う旨述べており、現在被控訴会社の代表取締役に就任しているから、地位の混同により、被控訴会社において樋口に代理権限がなかつたことを理由に右特約等の効力を否定することはできない。

(3)  仮りに、右特約等の効力が生ぜず、控訴人らに残代金支払義務があるものと認められたとしても、控訴人らは次のように被控訴会社に対し瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権を有するので、これが債権を自働債権とし前記残代金債権を受働債権とし対当額において相殺する。すなわち、本件各土地は宅地として造成工事をすることを条件として売り出されたものであるが、控訴人らが買い受けた本件各土地は傾斜地になつていて、湿地帯であり五メートルも堀らないうちに地下水が出てくる状況であつたから建築基準法一九条に定める建築物の敷地としてその衛生及び安全につき適当な措置を講じなければならず、そのため本件各土地の完全な宅地造成を行なうめには大谷石を五段積みにして土盛りを行なう必要があつたにもかかわらず、現状では形ばかりの造成がしてあるにすぎず、また本件各土地の宅地造成は、単に土木出張所の道路指定の許可により造成されたもので宅地につきなんら公の検査も経由していない欠陥が存し、これが本件各土地につき右建築基準法一九条の要件をみたすためには前記工事を施こす必要があり、そのためには控訴人吉野が買い受けた土地については金五一万七、六五〇円、控訴人大室が買い受けた土地については金三〇万八、九六〇円の工事費用を要するので控訴人らは各自右売買の目的物たる土地につき隠れた瑕疵に基づく損害を蒙つたこととなる。なお、右の瑕疵は昭和四七年七月控訴人らが本件各宅地上に建物を建築しようとして建築業者に建築設計させたところはじめて発見されたものである。

(4)  仮りに、右の各主張が認められないとしても、控訴人らは本件各土地上に実際に宅地を建築しようとしているが、これがためには、前記(3) の造成工事をしなければ建物建築工事にとりかかれないのが実情であつて、宅地造成工事は未完成であるから右の工事を被控訴人らにおいて完成しなければ残代金を支払う義務がないものというべく、これが瑕疵修補の履行と引換えに残代金を支払う義務があるにすぎないので、ここに同時履行の抗弁権を提出する。

(証拠関係)<省略>

理由

一、被控訴会社の控訴人大室に対する支払期日を昭和四五年一二月二〇日とする売買代金債権につき、同年一一月四日被控訴会社から被控訴人山本に対する債権譲渡がなされたとする点を除き、その余の被控訴人ら主張の請求原因事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証によれば、右債権譲渡の存在する事実が認められる。

二、控訴人らは、昭和四四年六月一九日、被控訴会社において同年九月三〇日までに控訴人らが買い受けた土地につき所有権移転登記手続が完了しない場合に控訴人ら各自の売買残代金を放棄する旨の特約が成立したと主張するところ

(1)  成立に争いのない乙第五号証の一、二各訂正部分ならびに欄外の註及び加入部分の成立は原審証人樋口五男の証言によりこれを認め、その余の部分の成立につき当事者間に争いのない乙第一号証、第三号証、原審証人樋口五男の証言、当審における控訴人吉野本人尋問の結果をあわせ考えると、昭和四四年六月一九日、被控訴会社(当時の商号は株式会社宅販。)の従業員樋口五男と控訴人らとの間において、同年九月末日までに控訴人らが買い受けた土地について、控訴人らに対する各所有権移転登記が完了しない場合には、被控訴会社は控訴人が昭和四五年六月一七日に支払うべき金五四万円、控訴人大室が同年一二月二〇日に支払うべき金四〇万円の残代金請求権を放棄する旨の特約が成立したこと、樋口五男は当時被控訴会社の営業部長として、同社のために控訴人らと本件土地の売買契約の締結の衝にあたり、その具体的な取決めをするにあたり同社を代理してすべてこれを処理し、右の特約をするにあたり、被控訴会社の印(専務取締役の印)を持参して控訴人らと折衝したもので控訴人らとしては右の特約を締結するにあたり右樋口において右の特約をする権限があると信じていたことが認められ、右事実によると、右樋口は被控訴会社の営業部長として同会社の営業に属する宅地の造成、販売に関し商法四三条により包括的かつ不可制限的な代理権を有していたものと解すべく、従つて、被控訴会社を代理して控訴人ら主張のような特約を締結する権限があつたものというべきであるから、右の特約は被控訴会社のために効力を生じたものというべきである。

(2)  しかして、昭和四四年九月末日までに本件(一)(二)土地につき控訴人らに対する各所有権移転登記がなされなかつた事実は当事者間に争いがないけれども、前掲乙第一号証、第三号証、原審証人樋口五男の証言、当審における控訴人吉野本人尋問の結果に、成立に争いのない甲第三号証、乙第二号証、第四号証、当審における被控訴会社代表者本人尋問の結果及び弁論の全趣旨をあわせ考えると、被控訴会社と各控訴人らとの間の当初の各売買契約においては昭和四四年一〇月末日までに控訴人らに対し各所有権移転登記手続を完了すること、控訴人吉野の代金支払時期については契約成立時に金二〇万円、同年六月三〇日迄に金二〇〇万円、昭和四五年六月一七日迄に残金五四万円と定められていたこと、控訴人吉野が本件(一)土地を買い受けるようになつたのは、被控訴会社が本件各土地を含む宅地分譲をするにあたり公務員には他の者より廉価で、かつ代金の支払いにつき共済組合からの借入金をもつて容易に支払うことができる利便があつたためであつたが、同控訴人はすでに自宅を所有し共済組合からの借入資格がなく、昭和四四年六月一八日右組合から貸付拒否の通知を受け、同年六月三〇日に支払うべき二〇〇万円の支払いができなくなり、被控訴会社に対し契約の解消を申し入れたが、被控訴会社においては、控訴人から右の支払時期に金二〇〇万円の支払いを受けることを予定して資金計画を立てていたため、いま契約を解消されては会社の営業に差し支えるという事情を説明して翻意を求め、同月中にその半額でもとの納入をすすめたところ、控訴人吉野においてもこれを了承して契約を解消することをとりやめ、右二〇〇万円の代金支払時期を同年六月二〇日金一〇〇万円、同年九月三〇日迄に金一〇〇万円と改めてもらうこととしたが、控訴人吉野においては買受土地の取得に不安を抱き自己の買い受けることとなつた本件(一)土地についての所有権移転登記が速かに行なわれることを希望してその旨強く要望したので、樋口においても控訴人吉野の希望にこたえるため前記認定の特約を加えたこと、控訴人吉野は妹の控訴人大室も同人のすすめにより本件(二)土地を被控訴会社から買い受けたので控訴人大室のためにも同特約をさせたこと、被控訴会社は当時本件(一)(二)土地を含む宅地を分譲売り出したものであるが、その土地についてはすでに旧所有者から買い受けて所有権を取得していたものの、分譲地として売り出し登記するためには合筆のうえ分筆して各買受人に対し移転登記手続をする予定でいたところ、同年九月末日までには買受人に対する移転登記をするため司法書士にその登記申請を依頼することができる見込みであつたので、控訴人吉野の申出でに対し右登記の時期を昭和四四年九月三〇日と定めたこと、被控訴会社においては右九月三〇日控訴人らに対する本件(一)(二)の土地の所有権移転登記手続をととのえて司法書士に登記申請を依頼したが、合分筆の手続書類につき不備なため現実に所有権移転登記がなされることが遅れ同年一〇月二〇日に右各登記が経由されたことが認められる。

右の事実によると、被控訴会社は前記特約で定めた時期までに控訴人らに所有権移転登記をしなかつたものであるが、その登記も翌一〇月二〇日には完了されていて、これが登記につき合分筆の手続が必要でかつ繁雑な登記手続であり、すでに九月三〇日には司法書士に登記申請を依頼していることからして被控訴会社としては控訴人らに対する所有権移転登記をするための努力に欠けることがなかつた一方、控訴人らにおいては、控訴人吉野にも共済組合から借入れ資格があるものとしてこれを前提として本件売買契約を締結したのにその資格のないことがわかつたので、被控訴会社と折衝した結果、その代金の支払時期を改める合意をし、その際本件土地の取得に不安を訴えて右の特約をさせたもので、右登記が九月三〇日にされなかつたことによつて何らかの損害が控訴人らに生じたことが認められない本件においては、売買代金の二割以上に相当する金額を売主から奪うことは、売買契約当事者双方の事情を考慮すると、酷に失するものというべく、これが登記が所定の時期を二〇日遅れただけで残代金を請求する権利を失つたとすることは信義則に反し権利の濫用として許されないものといわなければならない。

したがつて、控訴人らの残代金支払義務は前記特約により消滅したとする主張は理由がない。

三、控訴人らは、本件各土地は宅地造成地として売り出されたが、宅地として瑕疵があると主張するところ、成立に争いのない乙第一〇号証、現場の写真であることに当事者間に争いがない乙第九号証の一ないし一四、当審における被控訴会社代表者本人尋問の結果により成立を認める甲第四号証前掲当審における控訴人吉野(ただし、後記措信しない部分を除く。)及び被控訴会社代表者各本人尋問の結果によると、本件土地を含む前記分譲土地は被控訴会社から造成宅地として売り出されたものであるが、本件(一)(二)土地を含む分譲地は一五度位の北傾斜地で住宅地として最悪の条件であつたが五度位の斜面に整地し、湿気の多い土地であつたので大谷石で基礎を含め二段積みとしたこと、被控訴会社は控訴人吉野との間で、同控訴人の要求により造成につき念書(乙第一〇号証)を差し入れ、これに、隣地及び公道に面する部分は基礎を含め大谷石で二段積みとすること、グランドレベルは前記のとおり五度位の斜面に整地しているため各分譲区画ごとに段差を設ける必要はなく、控訴人らの買受けた本件各土地の中で地面に高低をつけずほぼ平坦に仕上げること、土盛りは工事中同控訴人と話合いにより納得できる高さにすることを定めたこと、被控訴会社は造成工事にあたり右の念書の趣旨にしたがつて工事を施行し、工事中土盛りその他の点につき控訴人吉野から特に申入れはなかつたことが認められ、当審における控訴人吉野本人尋問の結果中右の認定に反する部分は措信できない。右の事実によると本件(一)(二)土地は造成宅地として高級宅地というにはほど遠いが、一般世間並の住宅敷地としての利用を妨げるような欠陥を持つていなかつたものと認められる。控訴人らは、本件宅地造成は宅地として公の検査を経由していない欠陥があるというけれども、どのような公の検査を必要としたか具体的に主張するところがないので、これを認めるに余地なく、また建築基準法一九条に定める建築物の敷地としての衛生及び安全に適当な大谷石五段積みにした土盛りを行なう必要があつたと主張するけれども、本件各土地についての石積みについては右に認定したように、控訴人らにおいて被控訴会社に特に注文をつけて大谷石二段積みとしたものであり、また土盛りについては工事中土盛りについて被控訴会社に申し出づべきであつたのにこれをしないので、その主張のような土盛り及び石積みをしなかつたことをもつて被控訴会社に宅地造成工事が不安全であると主張することはできないのみか、控訴人らの主張するような土盛り及び石積みをしなければ右建築基準法一九条に定める基準に適合しないと認めるに足る証拠もないので、これらの事実を主張して、売買の目的物たる本件(一)(二)土地に隠れた瑕疵があるとする控訴人らの主張は理由がなく、したがつて隠れた瑕疵のあることを前提にその修補請求権ないしは損害賠償請求権ありとして、相殺ないしは同時履行の抗弁をすることは理由がない。

四、すると、被控訴人らの本訴請求は理由があるのでこれを正当として認容すべく、これと同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて、本件控訴を棄却し、控訴費用は敗訴の当事者である控訴人らに負担させることとして、主文のように判決する。

(裁判官 久利馨 井口源一郎 舘忠彦)

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